鎌倉時代は細かった?帯の太さの歴史
鎌倉殿の13人、放映が待ち遠しい!
鎌倉殿の13人、来年の大河にきまりましたね。
三谷幸喜さんが脚本、小栗旬さんが主演ということで、大河好きには待ち遠しいラインナップなのではないでしょうか?
そんな鎌倉時代ですが、大河ドラマなどに描かれる女性の姿は今の着物姿とは大きく違います。
どこが違うって?一番は帯なのです!
そもそもは「結ぶ」を主眼にした紐だった
そもそも、古代日本から布を纏う、という文化はあったそうですが、文献などで描かれているのはその布を紐で結んで着用するという姿でした。つまり、とても実用的なものだったのですね。
これが、時代を追って徐々に太くなりだします。
室町時代の「観楓図屏風」では、女性の服装に紐の少し太くなった程度の帯が確認できます。
そして、この頃には帯に少しだけデザインが付いているのですね。
江戸の前期の風俗画などを確認するとずいぶん太くなった帯を確認できますが、それでも13cm程度のものが最も幅広いものであったそうで、おそらくデザインや装飾が華やかになってきた頃ですが、それでもまだまだ過渡期ですし、ようやく現在の幅に近づいたのは江戸中期だったそうです。
お馴染みのお太鼓結びが出てくるのは江戸後期、亀戸天神のお太鼓橋完成のおりに、深川芸者がお太鼓橋の形(少し高めのアーチ型)を模した結び方で歩いたことからヒットして広まったそうです。
当社が扱う袋帯は二重の太鼓結びが前提で、その発祥は大正時代ですから、近代になるまでその完成形には至らなかった、という感じですね。
ですから、「青天を衝け」の頃の着物も見栄えはほぼ似たようなものでも結び方などはきっと違っていたのだろう、、、と想像すると楽しいですね。
と、なると、鎌倉時代はその過渡期というか、進化の段階で言うと前半の方ですからきっと細く、「結ぶ」という性質を残した質実剛健なものだったんだろう、と想像できますよね?
帯は、装飾性を高め芸術の域に達するに至ります。近代ではアール・ヌーヴォーの影響などを感じるものなど、作家性を感じるものになっています。
ストーリーも注目、でも和装や帯にも注目して
今年も大河が面白いですよね。吉沢くんの演技も素敵ですが、なんといっても草彅剛さんの演技が素晴らしい。
ま、そんなことはいいとして、帯屋としては服装にも注目したいもの。
今年も、来年も帯にも注目してみて!